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TPPによる著作権「非親告罪化」の功罪

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非親告罪化で、権利者が告訴がなくても捜査当局が捜査を開始

TPPによる著作権の非親告罪化の功罪

TPP交渉における知的財産権の分野では、知的財産権侵害にかかる刑事手続きの拡充が議論されています。その中で、とりわけ重要なのが、著作権侵害罪において、告訴権者(例えば、著作権者)の告訴がなくても、捜査当局が捜査を開始し、検察官が公訴提起(起訴)できるようになること、すなわち「非親告罪化」です。

現在の我が国の著作権法では、著作権侵害罪は親告罪とされています(著作権法119条1項、123条1項)。親告罪というのは、告訴がないと公訴を提起することができない犯罪のことをいいます。告訴とは、捜査機関に対し犯罪事実を申告するとともに、犯人の処罰を求める意思表示のことです。親告罪について、告訴がないまま公訴が提起された場合、その公訴提起は無効であり、原則として事後の追完も認められず、裁判所は公訴棄却の判決をすべきとされています。

犯罪が親告罪とされる理由は、「被害者の名誉を尊重する」「軽微な犯罪である」など犯罪ごとに異なりますが、著作権侵害罪が親告罪とされているのは、保護の対象である著作権等は私益的な側面が大きいため、権利者の意思を尊重しようという政策的判断からです。特許権侵害罪(特許法196条)も、かつて親告罪でしたが、経済のグローバル化が進み、科学技術の要保護性が高まったこと等により、特許権の公益的側面が重視され、平成10年改正で非親告罪になりました。

なお、告訴には、期間制限があります。犯人を知った日から6か月以内にする必要がありますので、権利者は、著作権侵害を覚知したときは、早急に、告訴するかどうか、つまり刑事責任の追及を求めるか否かの検討を迫られることになります。

表現の自由に対し、配慮する必要。非親告罪化は慎重であるべき

告訴を待たずに捜査当局が捜査を開始し、公訴提起できるなどの刑事手続きの拡充でTPP交渉が妥結すると、著作権侵害罪など現在の著作権法のもとで親告罪とされている犯罪を非親告罪に改めるといった措置が必要になります。著作物には、プログラムの著作物のように科学技術的性格を有するものや、その他公益性の高い著作物があり、これらの著作物にかかる著作権の侵害について、特許権侵害罪のように非親告罪とすることも立法論としては一つの選択肢であることは否定しません。

そして、非親告罪化のメリットとして、「①権利者にとっては、時間をかけて告訴するかどうかを検討できること」「②捜査当局にとっては、権利者の意思に左右されることなく、捜査及び公訴が可能となること」が考えられます。しかしながら、①について、権利者が著作権侵害の疑いを覚知したら、通常は、迅速に証拠を収集し、告訴するかどうかを検討しますが、その検討期間として6か月が極端に短いとはいえないと思います。②について、捜査を進めるにあたって、通常、捜査当局は権利者の協力を求めるでしょうし、その過程で権利者から告訴を得ることはそれほど困難でないといえます。あまり想定できませんが、権利者が全く捜査に協力せず、告訴をしないと明示している場合、親告罪であれば、公訴提起はできないことになりますが、このような場合、あえて立件すべき公益的必要は乏しいのではないでしょうか。

また、著作権の対象になりうる著作物は、言語、音楽、美術、建築、映画、写真など広範囲に渡っており、必ずしも科学技術的なものや公益的側面が強いものだけではありません。著作権法は、文化的所産の公正利用に留意しつつ、著作権の保護をはかり、もって文化の発展に寄与することを目的としていますが、文化は、他者の著作物を公正に利用することを含めて先人の偉業のうえに新たな創作が加わることで発展するという特質があります。しかも、著作物は、表現の一手段であり、憲法が保障する表現の自由と密接に関連しているものもあり、表現の自由に対し、委縮的効果を及ぼさないよう配慮する必要があります。

これらの諸点を勘案すれば、著作権侵害罪における公訴提起を権利者の意思にかからしめる現行制度には、なお一定の合理性がある一方で、非親告罪化は厳罰化のきらいがあります。したがって、非親告罪化は慎重であるべきで、TPP交渉において、政府は、これらの諸点につき十分な説明を行い、各国の理解を得ることに尽力すべきではないでしょうか。

中小企業の知的財産権を守る専門家

長谷川武治さん(関西生祥法律事務所)

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