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従業員の発明「会社のもの」に 特許法改正の動向

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現行法制のもとでは特許権は「従業者のもの」であることが前提

従業員の発明「会社のもの」に 特許法改正の動向

先日、従業員が業務中にした発明に関する特許を一定の条件のもとで「会社のもの」にできるよう、政府は「特許法を改正する方針を固めた」との報道がありました。

現行法制は、①従業者の発明で②それが使用者の業務範囲に属し③従業者の現在または過去の職務に属するもの(一般に職務発明といわれています)にかかる特許権ついても、「従業者のもの」であることを前提にしています。職務発明に関して、従業者が特許を受けたときは、使用者はただその特許権に関して通常実施権を有するにとどまります。もちろん、契約、勤務規則その他の定めによって、使用者は従業者から「職務発明にかかる特許権を承継すること等」ができますが、その場合、従業者は「相当の対価の支払いを受ける権利」を有します。そしてその対価は、まずは「使用者・従業者間でそれを決定するための基準を策定すること」とし、その基準がない場合や基準があっても不合理である場合は、最終的には、裁判所が「使用者がその発明で受ける利益、使用者の負担、貢献、従業者の処遇等の事情」を考慮して定めるものとされています。

これは、オリンパス事件(最高裁平成15年4月22日)や青色発光ダイオード事件(東京地裁平成16年1月30日)を受けて、主として経済界の要請のもと「相当の対価につき予測可能性を高める」という観点から平成16年改正がなされ、現在に至っている枠組みです。ちなみに、平成16年改正後の運用に関しては、現在のところ時期尚早なのか裁判例がほとんど蓄積されていない状況です。

改正後は、原始的に「会社のもの」になるという点で現行法と異なる

現時点で改正の具体的内容は、なお流動的ですが、ポイントは、一定の条件のもとで、職務発明にかかる特許権などが、当初から「会社のもの」であることを認めるところにあります。いわば、著作権に関する職務著作に近い法制度を採用するものといえます。

上述したとおり、現行法制のもとでも「会社のもの」にすることは可能ですが、契約、勤務規則その他の定めが必要であることに加えて、使用者は相当の対価を支払う必要があります。少なくとも、契約、勤務規則その他の定めがなくても、原始的に「会社のもの」になるという点で、現行法の考え方とは根本的に異なります。もっとも、報道によれば、現在のところ、「従業者のもの」とする現行法制を廃止するのではなく、これに併用する案が検討されているようです。

では、従業者の相当の対価請求権はどうなるのでしょうか。従業者には「何らの対価請求権は生じない」とする考え方もあり得ますし、従業者には「法定の報奨請求権を認める」という考え方もあり得ます。

特許権が原始的に「会社のもの」になるからといって、論理必然に従業者には何らの対価請求権が生じないということにはなりません。従業者に請求権を認めるかどうかは、「発明に対するインセンティブを維持するのに効果的かどうか」という観点から、制度設計する必要があります。

発明に対するインセンティブに負の影響を与える懸念も

確かに企業内における研究開発は、複数のスタッフが関与しますし、それが製品化され利益に結び付くには研究開発以外の従業員の力も必要です。また、「ある技術情報を特許としてオープンにするか」「営業秘密としてクローズにするか」という知財戦略も考慮しなければなりません。そうすると、職務発明をしたスタッフだけに対価請求権を認めるのは不公平とも考えられます。

しかし、特許法は最低限のルールを規定しているに過ぎません。職務発明をした従業者以外の、研究開発スタッフに対する報奨制度を使用者が設けることは、法律上制限されていませんし、クローズ化された技術を発明したスタッフに対する報奨も同様です。むしろ、これらは、優秀な研究開発スタッフに在籍し続けてもらうには、非金銭的なものも含めてどのような待遇をすべきか、あるいは研究開発スタッフにとって魅力ある会社、職場とは何かという問題であり、職務発明にかかる対価請求権はその一部に過ぎないことに留意すべきです。

他方で、現行法制と比較して、特許権が原始的に「会社のもの」になるにも関わらず、従業者には何らの金銭的請求権が生じないとすると、従業者の目には「待遇の切り下げを国家が容認した」と映り、発明に対するインセンティブに少なからぬ負の影響を与えるのではないかと懸念されます。やはり、原始的に「会社のもの」になる場合であっても、名称や法的性質はともかく、発明した従業者の金銭的請求権を認めるのが妥当であると考えます。

なお報道によれば、原始的に「会社のもの」になる場合の一定の条件として、十分な報奨を支払う仕組みを有していることが想定されているようですが、それが現在の対価請求権と比べて、待遇の切り下げとなるものであってはならないことは言うまでもありません。

中小企業の知的財産権を守る専門家

長谷川武治さん(関西生祥法律事務所)

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