今話題の教育勅語を考える

 | 次世代教育プランナー
田中 正徳

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教育勅語とは

教育勅語は、1890年に発表された勅語(天皇の言葉)です。
第2次世界大戦前の日本の道徳教育の中心で、正式には「教育ニ関スル勅語」と言います。
大まかな中身は、親孝行など道徳を尊重する意見を天皇が国民に語りかける、道徳教育の主張です。

最近この教育勅語の学校現場での扱いについて、政府の答弁書が決定されました。
明確にされたのが「わが国に教育の唯一の根本とするような指導を行うことは不適切」という立場です。
同時に「憲法や教育基本法などに反しないような形で教材として用いることまでは否定されない」との見解も示されています。
ただ、この教育勅語、戦後の1948年に衆参両院が「排除」と「失効確認」をそれぞれ決議しており、その評価についても批判的なものと肯定的なものが混在している状態です。

教育勅語に対する批判的な評価と肯定的な評価について

批判的な評価の根拠として、一つ目に第2次世界大戦末期に過剰な神聖化されたことから、教育勅語は思想や良心の自由を否定しているものである、ということが挙げられます。
二つ目に軍人の規律を説く軍人勅諭と同列のもので、軍事教育や軍国主義につながるのではないかという懸念があります。
特にGHQによる占領統治時代に連合国軍によって教育勅語が廃止されたのは、表向きはこの理由からとも言われています。
三つ目に根本的理念が主権在君並び神話的国体観に基づいている事実は、明らかに基本的人権を損ない、かつ國際信義に対して疑点を残している、などが挙がっています。

肯定的な意見は、「現代語訳での12の徳目は、日本の伝統的道徳観が込められており、一種の模範となるものがあってもいいのではないか」「多くの国や宗教で古くから普遍的にある道徳を、明治当時の日本の国情に合わせて記述したものにすぎない」と言ったものです。

教育勅語に対する正しい解釈とは

近頃マスコミを賑わせているころからもわかるように、解釈によっては非常にネガティブに捉えられてしまったり、歴史を紐解くことで代々受け継がれる道徳の基礎としては正しいのでは、と思わされたりもします。
核家族化が進み、おじいちゃんおばあちゃんから、息子、孫へとつながる自然な教えを培うものが見えなくなっているのも事実です。

戦前は「修身」教育として、そしてその骨格として教育勅語がありました。
小さな時に教えられる道徳教育は一生影響するものです。
正しい道徳教育を受けることで、相手への思いやりや礼儀正しさ、秩序を守る心などが育まれるのです。
わずか315文字のこの教育勅語にそこまでの拘束力はあるのかとの意見もあります。
時代が変わっていることからも、その当時のままの解釈で決めつけるのは危ういのですが、柔軟に解釈した上で道徳を考える基礎として、良いも悪いも含め解釈していくことが求められます。
その材料として教育勅語を見つめてみるのはいいのかもしれません。

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